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会長声明・決議

再審法の速やかな改正を求める決議


 当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、政府および国会に対し、

  1 再審請求手続における証拠開示の制度化

  2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

  3 再審請求手続における手続規定の整備

を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう強く求める。


決 議 理 由

第1 再審法の理念と問題点

 再審は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を迅速に救済することを目的とする制度である。

 しかし、わが国においては、「開かずの門」といわれるほど、極めて厳しい要件のもとでしか再審が認められず、えん罪被害者の救済は遅々として進んでいない。その原因は、現行刑事訴訟法が施行されて74年を経た今もなお、再審法(刑事訴訟法第4編再審)の規定がわずか19条しか存在しないという、現在の再審制度が抱える制度的・構造的問題にある。


第2 再審請求手続における証拠開示の制度化

 再審開始決定を得た事件の多くでは、再審請求手続において開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしてきた。

 日野町事件では、第2次再審請求審において、弁護団からの度重なる証拠開示要求を踏まえてなされた裁判所の訴訟指揮により、現場引当捜査に関するネガという重要証拠が開示された。そして、このネガの開示により、被疑者が捜査官を事件現場まで案内できたことの証拠とされた引当捜査報告書の添付写真には、現場からの帰路の写真を往路の写真として貼付されていたことが明らかになり、再審開始決定につながった。

 また、湖東事件では、捜査機関が永らく証拠を隠蔽していたと疑われる事実まで明らかとなっている。同事件の第2次再審請求を経て開始された再審公判の段階になって初めて、警察から検察官に送致されていない無罪方向の証拠が存在することが判明した。2019(令和元)年10月31日に検察官が開示した、平成16年3月2日付け犯罪捜査報告書には、被害者の死因について「管の外れの他、管内での痰の詰まりにより酸素供給低下状態で心臓停止した事も十分に考えられる」との解剖医の供述が記載されており、これが捜査段階で検察官へ送致されていれば、起訴すらされていない可能性があった。 

 このように、再審請求手続における証拠開示の制度化はますます重要な意味を持つに至っている。

 しかし、再審請求手続における証拠開示については、いまだに明文の規定が存在しない。そのため、証拠開示の基準や手続が明確ではなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、証拠開示の実現に向けた裁判所の訴訟指揮のあり方にも大きな差が生じている。証拠開示をめぐる再審請求人・弁護人と検察官の攻防は、裁判所の消極的態度とも相まって、えん罪被害者の救済と再審請求手続の著しい遅延を招いている。

 2016(平成28)年改正刑事訴訟法の制定過程において、再審請求手続における証拠開示の問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則第9条第3項において、政府は改正法公布後、必要に応じて速やかに再審請求手続における証拠の開示について検討するものと規定された。この附則に基づいて関係機関による協議が続けられていたが、現在は中断しており、目立った進展は見られない状況にある。

 請求人に対する手続保障を図り、その活動を実効あらしめるためにも、再審請求手続における証拠開示の制度化は、早急に実現しなければならない。


第3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

 また、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てによって、さらに審理が長期化し、時には再審開始決定が取り消され、振り出しに戻るという事態も繰り返されてきた。そのため、えん罪被害者本人やその親族の高齢化が、極めて深刻となっている。

 例えば、日野町事件の第2次再審請求審は、既に亡くなった元被告人の遺族がその名誉を回復するために申し立てたものであるが、2018(平成30)年7月11日に大津地方裁判所が再審開始を決定したところ、検察官が即時抗告を申し立てたために、事件は大阪高等裁判所に係属することとなった。その後、4年7か月超もの月日を経て、大阪高等裁判所は、2023(令和5)年2月27日にようやく、大津地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした。しかしながら、検察官が特別抗告を行ったために、事件は最高裁判所に係属することとなり、再審開始決定の確定はまたも遠のいてしまった。元被告人が第1次再審請求を申し立ててから約21年、遺族が第2次再審請求を申し立ててから約11年が経過し、元被告人の遺族も高齢化している。

 現行の再審法は、憲法第39条が「二重の危険」の禁止を基本的人権として保障していることを踏まえ、戦前の旧刑事訴訟法では認められていた不利益再審を廃止し、利益再審のみを認めることとしている。したがって、再審制度は、無実を訴える者の人権保障のために「のみ」存在するものである。それなのに、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てが許容されれば、再審開始要件の高いハードルを一度越えた請求人に対して、さらに重い防御の負担を課し、長い審理時間も要することになってしまう。これでは、えん罪被害者の速やかな救済は期待できず、憲法適合性にも疑義を生じかねない。

 そもそも、職権主義構造を採用し、利益再審のみを認めている現行の再審請求手続において、元被告人らによる再審請求に対し、検察官は「公益の代表者」として裁判所の調査に補助的に関与するに過ぎず、当事者としての地位は与えられていないと解される。いったん再審開始決定が出されたということは、確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたということであるから、もはや確定判決の正当性は失われており、誤判を是正する必要性に比べて確定判決を維持しておくべき利益は減少しているといえる。検察官が請求人に対する確定判決の結果が妥当だと考えるのであれば、再審公判においてその旨主張すればよい。再審請求手続の無用な長期化を防ぐため、再審開始決定に対する検察官の不服申立ては、法改正によって早急に禁止されなければならない。 


第4 再審請求手続における手続規定の整備

 現行刑事訴訟法及び刑事訴訟規則では、再審請求の審理手続を定めた規定は、刑事訴訟法第445条、刑事訴訟規則第286条しか存在しない。再審請求手続における審理のあり方についても明文の規定は存在せず、裁判所の広汎な裁量に委ねられている。具体的には、新証拠の明白性を判断するための事実取調べ、すなわち証人尋問等を行うか否かは、個々の事件を審理する裁判所の姿勢によって大きく異なる。また、審理手続については、実務上、裁判所、弁護人、検察官による三者協議が活用されているが、その運用は各裁判所によってまちまちである。さらに、手続の公開についての規定がないことから、三者協議、事実取調べについては、ほぼ非公開で行われている。そのため、再審請求を棄却する事例においては、三者協議を全く開催せず、審理の進行を行わず、弁護人が請求する事実取調べを全く行わず、突如として再審請求を棄却するといった不当な審理手続が横行している。時に「再審格差」と呼ばれるように、裁判所の訴訟指揮にも大きな差が生じており、請求人にとって適正手続が保障されているとはいえない状況にある。

 無辜の救済という再審制度自体の意義・目的に照らせば、再審手続の実質に見合った再審請求人の再審手続への関与を保障することこそ、適正手続を保障した憲法第31条の理念に適合すると言うべきである。この点、再審請求審は、 本来、再審請求人の罪責問題そのものではなく、無罪判決の見込みの有無を判断するにとどまる手続であるが、その現実は、事実の取調べを主軸とした公判審理と同種の手続が実施されることも少なくない。にもかかわらず、再審請求人は、再審請求審の手続において、自分の権利が問題になり審理の対象になっているのに、その手続に当事者としてなんらの関与もできないのである。このような実態は、憲法の適正手続の理念を踏みにじるものと言わざるをえない。

 そして、現在の再審実務では、再審請求手続が肥大化しており、再審開始の判断までに極めて長い年月を要している。このような現状の下では、迅速な裁判(憲法第37条第1項)という憲法上の要請も実現できているとは言い難い。現行の再審法については、その憲法適合性に重大な疑義が生じている。

 また、通常審や前次の再審請求の審理・判断に関わった裁判官が、後の再審請求に再び関与する事態も生じている。例えば、日野町事件では、第1次再審請求審における大津地方裁判所の請求棄却決定を行った裁判長が、大阪高等裁判所において、第2次再審請求審における即時抗告審の裁判長になった時期があった。湖東事件でも、第2次再審請求審における特別抗告審が係属する最高裁判所第二小法廷に、即時抗告審の再審開始決定に対する特別抗告を行った検察官が判事として着任した。いずれも、弁護団や支援者による要請活動もあって、配付替えや判事の回避により問題は収束したものの、司法に対する市民の信頼が揺らぎかねない事態であったといえる。再審請求手続につき除斥及び忌避の明文規定があれば、このような事態には至らなかったはずである。

 加えて、再審請求は決して容易なものではなく、弁護士による援助の必要性は通常審以上に高いといえるものの、再審請求手続において国選弁護制度のない現状では、資力がないために弁護人を付けることができず、再審請求そのものを諦める者の存在を否定できない。

 再審請求手続における請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権・証人尋問における尋問権の保障、手続の公開、通常審や前次の再審請求に関与した裁判官の忌避及び除斥、国選弁護制度の導入等をはじめとする、再審請求手続における手続規定を整備する必要がある。


第5 市民の関心の高まり

 近年、いわゆる東住吉事件、松橋事件、湖東事件において再審無罪判決が言い渡され、確定した。また、本年に入ってからも、日野町事件、袴田事件において再審開始方向の判断がなされ、袴田事件については再審開始決定が確定した。 

 これら複数の再審事件の動向が全国的に報道された結果、再審やえん罪被害に対する市民の関心は年々高まりを見せている。再審法改正を目指す市民団体が結成されたほか、本年3月末日現在、全国128もの地方議会において、再審法改正を求める意見書や要望書が決議・提出されている。滋賀県内においても、甲良町(2021(令和3)年12月13日採択)、豊郷町(2022(令和4)年3月24日採択)、及び、愛荘町(2022(令和4)年9月27日採択)の3地方議会が、   再審法の改正を求める旨の意見書を決議している。

 再審法改正の必要性を広く市民に訴え、再審法改正の世論を盛り上げる条件は整いつつある。再審法改正の必要性を広く市民に訴え、実現するには、今をおいて他にない。


第6 結語

 以上を踏まえ、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、政府および国会に対し、

  1 再審請求手続における証拠開示の制度化

  2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

  3 再審請求手続における手続規定の整備

を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう強く求めるものである。


 以上のとおり決議する。


2023(令和5)年5月30日

滋賀弁護士会