滋賀弁護士会について

会長決議・声明

滋賀県大津市の公立中学2年生の自殺事件に関する会長声明

2011年10月、滋賀県大津市の公立中学校2年生の男子生徒が自宅マンションから飛び降り自殺をした。大変痛ましい事件であり、当会は、亡くなられた男子生徒のご冥福を心からお祈りするとともに、ご遺族の皆様へ心よりお悔やみ申し上げる。

さて、この事件は、発生から約9か月後の本年7月に男子生徒がいじめを受けていたとのアンケートの内容や学校側の調査の不十分さが報道されると、社会的に大きな反響を呼び、大津市の対応や同じ中学校生徒からのインタビューの様子が連日の様に報道されるようになった。その中で、一部報道において使用された書面のマスキングが不十分だったことなどから、いじめの加害者とされる少年の実名や写真がインターネット上にアップロードされ、少年やその家族の自宅や勤務先、さらには同じ姓というだけの無関係の人間に対して、抗議の電話や手紙が殺到する事態となった。ついには、学校に対する爆破予告により中学校が休校になったほか、脅迫等による逮捕者まで出ている。

当会は、この事件とその後の経過を重大かつ深刻に受け止め、関係各機関に対し、以下のとおり要望する。

2 報道機関(及びすべての方々)に対して

まず、報道機関に対しては、中学校生徒・教員等関係者の立場や状況に配慮した節度ある取材・報道姿勢をとられるよう強く要望する。民主社会において報道機関が担う役割が重大であることは論を俟たないが、一方、取材と報道においては、取材先である生徒等の生活や学習、名誉やプライバシーの保護に配慮しなければならないことも当然である。子どもの教育を受ける権利(憲法26条1項、子どもの権利条約28条1項)を過剰な取材により侵害する事態が生じないよう注意を喚起したい。特に、亡くなられた男子生徒の同級生は現在中学校3年生で、人格の発達の過程においても、将来の進路を決定する点においても、重要な時期である。9月から第2学期が開始されるが、警察による捜査や市の第三者委員会の調査によって一定の時間的、精神的負担がかかる中、さらに報道機関による取材が加わることによって、同級生ら生徒の生活の平穏が脅かされないよう、配慮願いたい。

また、加害者とされる少年及び家族の個人情報がインターネット上のウェブサイトや一部マスコミにより公開されてしまっている問題点について指摘したい。

この点に関し、少年法61条は、家庭裁判所の審判に付された少年および少年のとき犯した罪により公訴を提起された者について「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であること推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」と定めている。

同条の背景に、少年およびその家族の名誉・プライバシーを保護することはもとより、少年がその未熟さゆえに判断を誤りやすいことを前提に、社会的偏見によって少年の更生が阻害されることを防止し、少年が成長し発達する権利を保護するという理念が存在することを看過してはならない。

加害者とされる少年およびその家族に関する情報が公開されている現状は、まさにこうした同条の趣旨に反した事態と言わざるを得ない。報道においては、過剰な演出・バッシングにより新たな犯罪や人権侵害が触発されることのないよう、注意して頂きたい。

なお、インターネットの普及により一般市民であっても情報発信が容易になった昨今においては、報道機関だけではなくすべての方々に対し、少年のプライバシーに関わる情報をむやみに公開することがないよう十分に配慮されることを要望する。

3 行政機関に対して

次に、教育委員会を含む行政機関に対してであるが、そもそもこの事件の問題点は、事前に男子生徒のSOSに気づくことができず、男子生徒が亡くなられた後もご遺族の訴えにもかかわらず、十分な調査が行われなかった点にある。文部科学省は、2009年3月に「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」のマニュアルを作成し、自殺直前の微妙なサインを注意深く取り上げる必要性などを示し、また、2011年6月1日には「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査のあり方について(通知)」を各都道府県教育委員会教育長等に発し、中立的な立場の医師や弁護士等の専門家を加えた調査委員会を早期に設置することの重要性などを示していたが、この事件には生かせなかった。今後、この事件の調査は第三者委員会に委ねられるが、文部科学省の提案・指針が徹底されなかった原因の解明と今後の再発防止対策の実施については、第三者委員会、学校、教育委員会、市等関係機関が協力の上各々の役割を果たし、実行されるよう求める。

また、第三者委員会に対して、世間の注目を集める中、多数の目撃供述の精査等を行う委員のご苦労は大変であろうと思料されるが、男子生徒が自殺しているという事案の重大性からも、今後このような事件が二度と生じないよう真相の解明に向けた最大限のご努力をお願いしたい。事件発生から約10か月が経過し、記憶の劣化が心配されるところであり、迅速性も求められる。他方で、いじめの具体的な内容について既に多くの報道がなされているところ、一般的に子どもは被暗示性が高いとされているので、生徒からの聴き取りにあたってはこうした点にも留意し、適正・妥当な調査が実施されるよう要望する。

最後に、当会は、従前より子どもの権利委員会を設けて、子どもの人権の救済と援助活動を行ってきたが、大津市においてこのような痛ましい事件が起きてしまったことは遺憾である。今後いじめ問題等子どもの人権が侵害されている諸問題について、さらなる対応ができるよう取り組んでいく所存である。

2012(平成24)年8月27日

滋賀弁護士会
会長  荒川 葉子